メディア掲載情報【市原悦子】市原悦子さんを看取った姪が明かす「幻覚症状」と「樹木葬」 | デイリー新潮

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新潮社がお届けする『週刊新潮 2019年5月2・9日ゴールデンウイーク特大号』の情報

【ワイド】御世をまたぐ難題

(5)姪に看取られた「市原悦子」の幻覚と「樹木葬」

情報源: 週刊新潮 2019年5月2・9日ゴールデンウイーク特大号 | 新潮社

市原悦子さんを看取った姪が明かす「幻覚症状」と「樹木葬」
芸能週刊新潮 2019年5月2・9日号掲載

「確かに伯母は女優だったけれど、家では普通の人でしたよ。お風呂上りにはタオル一枚で家の中を歩き回っていて――」と語るのは、1月12日に他界した女優・市原悦子(享年82)の義姪・久保久美さんである。

あるときは昔話のナレーター、あるときは秘密を知った家政婦……昭和と平成を彩った名女優の姿を見なくなったのは、舞台演出家の夫を喪った2014年春頃からだった。

「仲のいい夫婦でしたから、“私の人生は終わったようなものなのよ”とこぼすほど落ち込んでいました」
と久美さんが述懐する。

そんな市原が当時、唯一精力的に取り組んでいたのが“樹木葬ツアー”だったという。

「ある日突然“久美ちゃん、樹木葬って知ってる?”って。“骨壺に入れて暗く冷たいコンクリートに納めるのはどうしてもしっくりこないの。樹木葬なら、土に還ってその辺を自由に漂っていられるでしょう”と言って、親交の深いミッキー吉野さんに車を運転してもらって都内や千葉などいくつかの場所に足を運びました」

最終的には、千葉県袖ケ浦市にある真光寺の墓地に決まった。

夫を埋葬し終えた市原は仕事に復帰し、遺作となった映画「しゃぼん玉」などに出演したほか、朗読会などで全国を行脚した。

ところが16年11月、市原は自己免疫性脊髄炎と診断され、入退院を繰り返すようになる。

「伯母は、亡くなるまで認知機能に支障は全くありませんでした。ただ一時は“そこに誰かいる”などと幻覚症状を訴えていました。肝臓機能が弱まりアンモニアが脳に回ってしまう“肝性脳症”によるものだったようです」

穴を掘ると…

人を信頼しない、生きることを放棄したような言動が見られたというが、その後、家族の献身的な看護により、市原は徐々に快復。18年3月からは、NHK「日本眠いい昔ばなし」の朗読の収録を自宅でこなすまでになった。

しかし、“お迎え”は待ってくれなかった。

同年11月に盲腸で救急搬送された市原は、年末にはいったん退院するも正月2日に微熱を出して病院へ。そこから食事がとれなくなり、5日に再入院。翌6日には呂律も回らない状態に陥った。

意識があったのは7日までで、ミッキー吉野夫妻が見舞いに来ていた。

「伯母はとても喜び、“聴く人の心臓に突き刺さるような演奏をしてね”と。伯母にとってミッキーさんは大切な存在のようでしたので、あの日会えて、芸術の話ができたのは幸せなことでした」

市原は翌8日に意識を失い、12日に息を引き取った。

葬儀は18日。棺には、亡夫の写真2葉が納められ、“死に顔は見せないでね”との遺志により、草花で棺を覆い隠して祭壇とした。

「しばらくして、袖ケ浦のお寺で樹木葬をしました。埋めるための穴を掘ると、すぐ横にまだ伯父の骨が見えるんです。骨を覆った晒(さら)しは土に溶けてしまうんですけど、骨は土に還るまでしばらくかかるんですね。私たち家族は“こんなに真横ならきっと喜ぶね”と笑い合いました」

最期まで、人々の心をじんわりと温める女優だった。

ワイド特集「御世をまたぐ難題」より

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